2021年度 かながわボランタリー活動奨励賞を授賞しました。

 NPO法人 ざま災害ボランティアネットワークは、神奈川県知事より「2021年度 かながわボランタリー活動奨励賞をいただきました。

本当に感謝、感動をしております。

 

 残念ながら、新型コロナウイルス感染拡大防止策のために、今年度も県庁での表彰式は見送られ、県の担当職員の方よりいただきました。

2021年9月1日付で、任意団体の殻を破って特定非営利活動法人になったばかりでの授賞でまさかと驚いています。

永年、地域で活動を続けていらした団体13団体の中から5団体が授賞できました。

 

 当団体は、2年間の準備活動を経て、2008年7月13日に、会員20名でスタートしました。それまで、座間市内で防災活動に取り組んできた仲間が「かながわコミュニティーカレッジ」で知り合い、防災・減災・災害対応活動を広めよう、災害が来た時に被災者を支援する活動に取り組もうということを目的にスタートしました。

 

 当初は、行政も社会福祉協議会も「何の団体なのか?」という感じで距離を置いての対応でした。

たまたま、その年の神奈川県の県市合同総合防災訓練の会場が座間市で行われることになって、それを機会に社会福祉協議会と「災害救援ボランティアセンター開設訓練」を行う体制を組ませていただき実績を積み上げてきました。

そして、当時の市長が、防災・危機管理への見識が高く、ボランティア団体からの提案であった「シェイクアウト訓練」を座間市の冬の防災訓練として協働事業として取り入れてくださって10年間、愚直に取り組んできました。その中で、自治会・自主防災会をはじめ障がい者団体、学校防災等活動の場からもお声掛けをいただき、共に取り組んできました。

 

 2011年の3月11日の東日本大震災では、被災地支援の物資の提供活動を経て、ボランティアバスの運営にも関わらせていただきました。さらに「タイ焼き」を通じて被災後の仮設住宅の中のコミュニティーの再生に取り組んできました。

特に印象的だったのは(過去形ではおかしいのですが)、会員の一人に大熊町の出身者がいました。この会員の仲間が故郷を追われて各地に散っていきました。この被災者を何とか支援をさせていただこうと、いわき市、会津若松市に通いました。原発という安心神話が裏切られて、そのまちに住んでいたことだけが理由で、避難先のまちの仲間にも入れなかった母親、子供たちへ、新しいコミュニティ―を再生するために「タイ焼き」を通じて支援をしました。

 この中から、私たちは多くを学ぶことができました。小さな子供が「おじさんこれいいでしょう」と見せてくれたネックレスの先には「線量計」がついていたした。その姿を目にしたときの想いは今でも忘れることができません。

何よりも、このように被災地で活動するためには資金が必要です。座間市内では様々なイベントがあります。このイベントへ「タイ焼き」の出店をお願いして、その売り上げの中から経費を除いた分を積み立ててその資金をもとに活動が続けられるスキームを構築しました。つまり、私たちの後ろには、座間市民の力があるという「誇り」を持って活動に取り組みことができました。この2年間、活動が止まっていますが、解除になればまた次の会員に引き継いでもらえるようにしたいと思います。

 

 このような活動を通じて多くの方々とも知り合えました。そのご縁で、熊本地震では横浜の秦好子さんのチームの一員として現地に入り、避難所のサポート、福祉施設のサポートなどにも取り組み、避難所を出られて仮設住宅に移られた被災者の方々へ、「タイ焼き」でお茶飲み会などを行ってきました。

別のルートから、北部九州水害の朝倉市へもタイ焼きを届けました。西日本水害では真備町の仮設や災害救援ボランティアセンターサテライトでタイ焼きを提供する活動にも取り組みました。

 

 その中で得た被災後のありようの知見を通じて地元への経験を伝える活動に取り組んできました。

2020年新型コロナウイルスの感染拡大がありました。翻って、災害発災時の感染拡大予防のための備蓄がほとんど考えられていませんでした。私たちは、会員の発案による「防護ガウン」の制作に寄付金を通じて取り組みました。   

これも、SL災害ボランティア推進委員会の基に発足した公益社団法人SL災害ボランティアネットワークの一組織として作業に取り組ませていただき、座間市を中心に、避難所の受け入れ作業を担当する職員や、開設に携わる委員の方々が安全に安心して作業に取り組むための活動にも取り組みました。

 

 すべからく、私たち団体へ参加してくださる会員の方々の小さな力の集結の結果がもたらした成果だと思います。何のために取り組むのか? 誰のために取り組むのか? あるべき姿は何なのか、それを実行するためにはどのような戦略でどう戦うのか? そのためには手段は? 方法は?ということを描いて共有しながら取り組んできました。

 

 いまこうして、この賞を授賞させていただき脳裏に浮かぶのは共に活動してきた、仲間で先に逝ってしまった会員のことです。創立時からの会員も歯が抜けるように先に逝ってしまいました。しかし、決して多くはないですが、次に続く会員の方が仲間入りしてくれますことが嬉しいです。この授賞を機会に、若手に場を与えながら鍛えてゆくつもりです。

 

 私たちの活動のポリシーは「出来ることを、できるときに、できるだけ」です。

ホンのささやかな活動が積もり積もればこのような成果を得ることができるのです。

残念ながら、オミクロン株の終息にはまだまだ時間がかかると思いますが、落ち着いた段階で、お世話になった方々で慰労の場を設けて次への誓いを新たにしたいと思います。

 

 会員の皆様、支援をしてくださる市民の皆様に心からのお礼を申し上げます。ありがとうございます。

そして「おめでとう」。