コミュカフェLINKS災害を伝えるワークショップが開催されました

8月16日。今日も暑い日でした。連日の暑さで街中は人通りも少なかったです。

ざま災害ボランティアネットワーク(ZSVN)が長い間胸に秘めてきました、まちの中で災害について生活されている方々と一緒に考える場所として作り上げた「LINKS」の最初のワークショップが行われました。

神奈川県でも新型コロナの感染が拡大している中でこのようなイベントを行うことはどうなのかな?と思いましたが、ソーシャルデイスタンスを確保しながら伝えて行かなければならないと考えて、最小の募集人員で始めました。

今回の、テーマは「災害時の電気を考える」ということですでに数多くの回数を開催している「マイ発電所プロジェクト」を行いました。

定員4名ということで募集をかけましたが、お盆の時期の日曜日ということもあって2組の方の応募がありました。2組の方は、インストラクターの指導の下で、太陽光パネル(50W)を使ってバッテリーへ蓄電して灯りが点き、携帯端末に充電できるユニットを作り上げてお帰りになりました。

明日は、それぞれの家の構造に合わせてユニットをセットして、小さな発電所の力を体験すると思います。

ご苦労様でした。

 

以下は、なぜこのプロジェクトが必要なのかについて書かせていただきました。お時間のある方はお読みください。

 

 災害が起きた時に、何が大事なのかは、皆さん方もよくご存じだと思います。多くの方は、食べ物が頭に浮かぶと思いますが、実際の被災者のお話を聞いたり、私たちが被災地に入って感じたことは

①出す(排泄) ②飲む(水) ③食う(食べ物)そして、次が「電気」なのですね。

 

 ここでいう「電気」とは、決して大きな電気を指すのではなく、災害の後に来ることが想定されている暗闇の中の生活で最低限の照明、情報機器(パソコン・タブレット・スマートフォンなど)や、もし介護中で痰の吸引が必要な場合などに使える最低限の電気を考えています。

 

 今までもセミナーの中でこの話をしますと「電気は大丈夫、懐中電灯もあるし非常用のバッテリーもいあるから・・・」といわれる方も多いです。どうでしょうか果たしてどうでしょうか?

最近では、電気自動車に切り替えて災害後の生活に備えるという提案もされております。しかし、バッテリーにどれだけ蓄電されているか時の運の面もあります。

屋根に太陽光パネルをつけてあるから大丈夫と言われる方もおられます。蓄電池とセットであればしばらくの期間は大丈夫だと思いますが、早い時期の導入された方は、当時は蓄電池も高額で、余った部分は売電してという方も多くみられます。このあたりの確認も必要だと思います。

 

 私たちが、次に遭遇する地震は「都心南部直下型地震」だといわれています。想定される地震のエネルギーはM7.3といわれています。多くの場所では、震度6クラスの揺れです。座間市でも震度6強から6弱の揺れが想定されています。東日本の地震の時には、市内では地表で5弱でしたが、マンションの高層階では5強から6弱の揺れがあったといわれています。

 

 その時、電気は止まります。過去の地震の場合では、阪神淡路地震の時には早いところで地震から数時間後に通電されました。それが原因で「通電火災」が起きたことによって、市内では同時多発火災が起きて、多くの悲劇が起きたことは知られています。その教訓から、通電火災を起こさないように、電力の送電再開は慎重に行われるようになりました。

東日本大震災の時の仙台市では、3日後あたりから通電か始まり、全面復旧には10日以上かかっています。 

 記憶に新しい、北海道胆振東部地震では、電気の需要と供給のバランスが崩れたことによって道内の電力危機を回避するために道内の電力網のほとんどが緊急停止で電気を送ることをやめてしまいました。それによって日本では起こりにくいといわれていました「ブラックアウト」が起きてしまいました。2日間で99%は復旧されたが震源地域の復旧には約1か月を要していました。さらに、綱渡り状態の給電状態を安定させるために強い節電の施策が行われて生産ラインが停止した工場も多くあったといわれています。

 2019年9月 千葉県の暴風災害で多くの送電設備が風により倒壊して千葉県下では長期にわたって電気のない生活が強いられた記憶はまだ残っていると思います。

 首都が直下の地震に襲われた場合には、どうでしょうか?電柱の地中化が進んでいる地域では、耐震工事が行われていることもあって被害は少ないかもしれませんが、しかし、火災が起きると大変なことになります。

京浜工業地域、東京湾岸地域では震度7の揺れが想定されている場所もあります。火力発電所の多くは湾岸地域に集中しています。当然のことながら復旧の順位は、首都機能が集中する都心地域が優先されることは理解できると思います。官庁には自家発電があるといってもその動力源は重油又はガスなどが使われています。燃料が切れてしまえば終わりです。非常用電源車の数も首都の電気を賄う量をすぐには集めることは困難だと考えざるを得ません。西日本と東日本では、電気の周波数が異なり簡単に供給を受けることはできないといわれています。

 

 その時、首都圏を囲む衛星都市はどうなるでしょう。その地域に重要施設があれば復旧が優先されることは当然です。限りある資源を取り合う状況になり、順位の低くなる地域への復旧のための資源(人・モノ)がスムーズに入るとは思われません。

となった時に、3日間で電気が復旧するということは期待してはいけないと考えます。

そのためには、各人が自分の力で電気を持っていなければならないと考えるのです。

皆さんが、7日間から10日間の充電用のバッテリーを持っているでしょうか? 乾電池があるでしょうか? コンビニやホームセンターに品物が入って来るでしょうか?

このことをしっかりと考えると、おのずから電気も「自助」しなければならないということがお判りになると思います。

 

 これは、空想の話ではないのです。もし、冬に起きたら暖房もない生活、夏ならばクーラーのない生活がありうるのです。

追い打ちをかける気持ちはないのですが、今流行中のコロナウイルスのワクチンや、治療薬が開発されて定着されるまでは、避難所も十分な機能を果たせないのです。検証から見えてきた受け入れ可能人員は、コロナ以前の受け入れ計画人員の1/3程度になってしまうことも見えてきました。

 

 電気がないということは、水の供給も止まります。マンションなどの高層住宅では、トイレも使えない、エレベーターも動かないとなった時にはどうなるのだろうということも考えて置かななければなりません。

 スイッチを入れれば、灯が点き、水道の蛇口をひねると水がでるという生活が一瞬にしてなくなってしまうことを考えてみてください。

 

 私たちが取り組んでいるこのプロジェクトは、ほんのわずかな電力を賄うユニットです。しかし、その力を与えてくれるエネルギーは「太陽」です。地震が来ても「太陽」は落ちないと思っています。

常にバッテリーの中に最小の生活を維持するための「ちから」が入っているというだけで安心が広がると思います。

 

 次回の開催日程はまだ決まりませんが、ぜひ皆さん方も真剣に考えてみてください。発電機は夜中に掛けることはできません。必ずトラブルが起きてきます。燃料も手に入らないことは3・11の時にガソリンスタンドに並んだ経験のある方はご存知だと思います。

 

そのようなことを考えながらこのプロジェクトをおおむね年間2回のペースで開催したいと考えています。ぜひ、次回のイベントの時には参加または見学をしてください。