令和元年度座間市総合防災訓練に参加しました

 令和の年の最初の座間市総合防災訓練に参加しました。例年の通り、中央会場とは別に座間市地域防災計画に沿って、座間市総合福祉センターを地域会場にして「災害救援ボランティアセンター開設・運営訓練」を行いました。

座間市社会福祉協議会とざま災害ボランティアネットワーク、座間市が連携して開設運営を行います。今年度からは三者がセンターて参集して行われました。天候は台風15号を控えながらも好天で暑さの中の訓練になりました。

 私たちの訓練想定は、9月4日に首都を襲う(M7.3)の地震が発生して、県央域にも甚大な被害を受けた。その後、市内各所の被害への対応が進み始めて3日後に災害救援ボランティアセンターの開設が可能と判断されたという想定で進められました。

 このような、訓練想定がどうなるのかによって、災害救援ボランティアセンターの状況も変わってくるはずです。3日後、座間市社会福祉協議会職員も自宅や、近隣への応急対応が終わって職場に出勤できた。災害ボランティアのメンバーも同じく、地区の応急対応を済ませて周囲の人々へ「私は、ざま災害ボランティアネットワークのメンバーなので災害救援ボランティアセンターの開設作業に参加してきます。よろしくお願いします」と断って参集することになるはずです。

したがって、スムーズな開設はできないと思います。

今年も、午前9時の開設宣言が終わり、参集出来てメンバーの手で倉庫から開設用の資機材を運び出してスタートしました。(事前にすべてが準備されていて訓練が開始されるという甘い設定の訓練は役に立たないと思います)

 

 座間市社会福祉協議会とざま災害ボランティアネットワークは毎年2回の定期訓練を行っています。毎年使うマニュアルも、それぞれの訓練終了後、振りかえり作業で出された課題を整理して、それぞれの組織から参加するメンバーによって見直しを行って改訂を重ねています。このことも多くのマニュアルでも見落とされています。マニュアルは、作った瞬間から劣化するものです。常に新鮮な情報を記載し、行動を簡潔にできるようにしなければならないと思うのです。

 

 今年も、駆けつけボランティア役には、座間市ボランティア連絡協議会の方々をはじめ、近隣自治会の会員の方々のお力をお借りしました。しばらく中断していました、依頼先へのボランティアの派遣作業も行いました。ざま災害ボランティアネットワークは7基の351デジタル無線機による通信テストを兼ねて取り扱いの訓練も行いました。座間市は非常にコンパクトな市です。したがって、座間市社会福祉協議会を中心基地局と想定して情報の取次作業を行えば、市内全域をカバーできます。351の無線機は免許は不要でので誰でも使うことが出来ます。1回の通話時間は3分と制限されますが、災害時の情報は「いつ、どこで、誰が、何のために、何をした」ということを簡潔に伝えるだけですので十分な機種です。

 

 災害救援ボランティアセンター訓練と並行して中央会場(座間小学校)には、災害救援ボランティアセンター・サテライトを出しました。ここでは、会場付近に派遣されるボランティア活動者へのサポートを目的としています。訓練会場内ですので、災害救援ボランティアセンターというマイナーな組織のPRも行います。当然、1基の無線機を置いて情報の収集などを行い災害救援ボランティアセンターのサポートを行います。

特に、市内外からこの地域に派遣されるボランティア活動者への地図情報なども押さえて具体的には活動ボランティアさんに対して派遣先までの道案内などを行うほか、被災され生活面で行き詰っている方々を探し出す活動なども行うことになると思います。

 

 中央会場では、地区の自治会や自主防災会などの一般市民の方々の姿もありましたが、9月になっての真夏を思いだすような暑さのせいで例年よりも少なかったように感じました。

会場では、体験型を含めて市民の方々が参加する演目での訓練が行われたあと、緊急地震速報が流れシェイクアウト訓練を皮切りに初期消火活動、通報活動が行われて消防団が地区の消火作業や救援作業を行う形で進行し、対応ができないことから(想定)大きな災害になるとの判断で消防隊、救急隊、救助隊そして、自衛隊、米軍消防隊などが出動して総合的な救出訓練が始まり11時50分終了しました。

 

 災害救援ボランティアセンター訓練も、予定通りに進められて参加してくださった活動ボランティアさんからの意見をお聴きするグループと、実際に災害救援ボランティアセンターを開設運営に参加したメンバーからそれぞれ気づいた点や、質問が出されました。最後に、参加者全員が感想を付箋に記入して終わりになりました。

今年度は珍しく写真を撮影しました。熱い中の活動ご苦労様でした。

 

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ZSVN10周年記念 東日本震災遺構見学会

            女川夢ハウスの昼食
            女川夢ハウスの昼食

 ざま災害ボランティアネットワークは2008年7月に発足して厳密には11年の活動を重ねてきました。

この、10年間の活動になかで何と言っても印象的な災害は「2011年3月11日」に発災した「東日本大震災」と呼ばれる災害でした。この災害からすでに8年4か月が経過しました。この間も私たち団体は、被災地への復興のお手伝いをさせていただいております。

 

 この災害があった後に、私たちの会に加入された会員の方もおられます。

このような大規模な災害再び来てほしくはありませんが、災害があったのだ!ということを知っていただき、今後の活動の参考にしてもらえたらということから、小さな企画でしたが駆け足で農業ボランティアと災害遺構見学会を詰め込んだ企画を提案して承認をいただき8月9日(金曜日)から8月11日(日曜日)まで石巻市から遠野市までを足早にめぐってきました。

 

 私たちの東日本震災支援活動の原点は3・11直後から呼びかけをした「被災地へタオル・毛布を送ろうと」いう活動から始まりました。短期間でしたが、送り先を座間市と災害相互協定を締結している秋田県大仙市にお願いして、約1万8千枚のタオル類と約400枚の毛布を送ることが出来ました。

 

 その後は、座間市社会福祉協議会と協力し東松島市の被災住宅地域の側溝の泥だしや、真冬の釜石仮設住宅で行った「すいとんとたい焼き」の炊出しなどを行ってきました。

また、神奈川ボランティアステーションが企画した陸前高田市から大槌町にかけて行われた瓦礫の整理や、避難所での支援活動に参加しました。また、神奈川県が遠野市に設けた「金太郎ハウス」を使っての活動にも参加してきました。

 

 これとは別に、組織内に立ち上げた「たい焼きプロジェクト」活動を通じて東北地方での支援を続けています。いまだに収束の兆しが見えない福島県双葉郡の原発避難者への支援も行っています。

今回は、東北支援活動の中から生まれた、女川町高白浜にある「夢ハウス」でのボランティア活動も織り込ませて実施しました。大川小学校、南三陸町の旧防災庁舎跡などを見学して気仙沼市に入り、「ボランティアの宿 若芽」に宿泊して意見の交換をしました。

 

 翌日は、2019年3月にオープンした「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」(旧向洋高校校舎)を見学したあと、陸前高田市気仙中学(車窓見学)、一本松(車窓見学)を経て陸前高田道の駅(タビット)を見学すべく現地へ向かいましたが、残念ながら遺構保存整備工事中のために中を見ることはできませんでしたが海が見えなくなってしまった防潮堤の景色を言葉少なに見つめてきました。果たして誰のための防潮堤なのか・・・何かすっきりとしない気分でした。

 

 釜石市、大槌町にも回りたかったのですが時間の関係でカットして、遠野市消防本部敷地内に建てられた「3.11東日本大震災遠野市後方支援資料館」を見学して、遠野風の丘を経由して座間市へと戻ってきました。

 

 参加者は、総勢20名でした。内訳は、ざま災害ボランティアネットワーク会員が12名、ざま災害ボランティアネットワークの活動に支援を続けているSLかながわネットの皆さんや座間市社会福祉協議会職員等8名の方が参加してくださいました。

 

 参加者の6割の方は、この間何回か被災地へ足を運んだ経験があります。初めての方には理解できなかった部分もあったと思いますが多くの参加者は、「復興は進んでいる」、「いや進んでいない」という複雑な思いを持たれたと思います。

 気仙沼伝承館は参加者全員が初めてだったと思います。よくぞここまで保存してきたものだと感心しました。

また、遠野市に設けられた3.11東日本大震災遠野市後方支援資料館」は、今後、首都直下地震が発生した時の神奈川県の後方支援基地として想定されている、相模原市、県央各市の防災行政に携わる方々の参考になるのではないかと思いました。機会があればぜひ見学に行かれることをお勧めいたします。

 

 この企画でざま災害ボランティアネットワークは、新しい時代に入ったと思います。

学校における「防災教育」は強化され私たちのところにも研修やセミナーの依頼が増えています。座間市の福祉避難所の取り組みもスピード感を持ち進めなければならないと思います。災害をTVの中の出来事ではなく、「わがこと」として生き残るための訓練、生き延びるために必要な「備え」「関わり」をどのように展開して子供たちが生き抜き、新しいまちづくりに参加できる体制を構築することが必要ではないかと思います。

 

 ざま災害ボランティアネットワークはこの先も、次の世代を担う人材の育成に取り組んでゆきます。ぜひ皆様方のご支援と声援をお願いしたいと思います。  

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ざま災害ボランティアネットワーク活動10周年報告会

 ざま災害ボランティアネットワークの活動10周年報告会を4月27日(土曜日)サニープレイス座間 多目的室を会場にして開催しました。

 

 史上初めての10連休の初日の午後の開催ということでどれほどのお客様にお越しいただけるかと心配しておりましたが

座間市長遠藤三紀夫様、芥川神奈川県会議員、上沢市議会議長、教育長、消防長、座間市社会福祉協議会会長、災害救援ボランティア推進委員会委員長代理のご来賓の方に参していただけました。

 

 その他、活動の中でお世話になっています、市会議員、関連団体の責任者、市長室長、危機管理課長をはじめ、市役所の主要部署の責任者の方々にお越しいただきました。

さらに、私たちの活動でいつも支援をしていただく「公益社団法人SL災害ボランティアネットワーク」の「かながわネットワーク」のSLメンバーも駆けつけてくださいました。

 

 報告会の進行は私どもの高橋会員が担当しました。

 

 司会の指名によって代表の濱田が挨拶をさせていただきました。

代表は、本団体の誕生のいきさつから、10年間の活動を振り返ってそれほどの長さは感じないままに今日に至った。何よりも現座間市長が就任して以降、大きな変化が出てきた。市長は、第4次総合計画に着手したが、その根底に流れていた文脈は、行政と市民との協働で市政を変えてゆこうという意思を感じた。相互提案型協働事業がその一端だと感じ、私たちの防災・減災の思いを、この制度を使って実現できるという喜びを感じたことについて話がありました。

 

 今では座間市の「冬の防災訓練」として位置付けられている「シェイクアウト訓練」が実施されたいきさつについての裏話もありました。

私たちが取り組んできた課題は、災害で「死なないこと」、「けがをしないこと」、「生き残った「いのち」を守り生き抜くことを中心に活動を展開している。特に、学校の防災教育に重点を置き防災・減災は教えるのだはなく「感化」させることに重点を置いて取り組んだ結果、今年度は、素晴らしい教育を展開できた例があったことの報告がありました。

 

 ここ数年、団塊の世代が会社を退職しても「地域活動」に出てこない。しかし、地域に無関心ということは何か事があるときに、様々な問題が起きてくることが想定されることが心配であること。代表としての使命は、この団体が唯一団体として活動が継続できる仕組みを構築し、後継者に渡すことがであることについて話して、これからの支援をお願いする旨の挨拶がありました。

 

 司会は、来賓の挨拶をお願いし、遠藤市長が「ざま災害ボランティアネットワーク」が、市民はもとより、行政職員にも影響を及ぼしたことについてお話をされました。自治体の防災行政は取り組みだせばきりがない。その中にあって、「いのち」を守る行動訓練が実現し、さらにプラス1という行動訓練によって、各持ち場がテーマを持って対応について取り組むようになったことは、素晴らしい効果をもたらせてくれた。いつ来るかわからない災害だが、行き着くところは「自助の強化」だと考える。その点に焦点を絞った活動は、いざという時に役に立つと思う。市内には様々な状況があるが、住民の方がまとまって防災活動に取り組むという、意識啓発をここまで進化させてくれたことについて感謝の言葉をいただきました。

 

 続いて、芥川 薫議員は市議から県議へ出て議会での活動の中心は、防災と警察の行政について取り組む委員会の中で活動をしてきた。これからも、この点に重点を置いた議員活動をしてゆきたい。ざま災害ボランティアネットワークが、市内で活動していることは、市民が常に防災について考える機会を持てることだと思う。これからの活動にも期待をしたいという激励のご挨拶がありました。

 

 市議会議長の上沢 本尚市議は、国が打ち出す防災に関する施策は、県を経て各自治体に降りてくる。実施は自治体の責任となる。自分としては、これらの施策が市の力に合うような調整に努力をしている。ざま災害ボランティアネットワークは、地域の活動の中で、行政が言ったら炎上するようなことを、被災地からの経験や学びから得た例を使って、わかりやすく実情を伝えてくれていることを知っている。このような、緩衝する組織活動は重要なことだと思い活動に敬意を持っている。今後とも、座間市の安全・安心行政が円滑にできるように協力を願いたいというご挨拶があった。

 

その後、来賓の紹介が行われそれぞれの席から挨拶をいただいた。

 

 司会から、ざま災害ボランティアネットワーク10周年実行委員会が制作した映像を上映する旨の紹介があり、担当の山岡会員が作品を映し出した。

現実には10年間、様々な活動を行ってきました。その写真、資料は膨大なものです。それらすべてをご覧いただくのは無理なので、いくつかの柱を立てて構成しました。見ていると往時を思い出すことが多く、こんなにもたくさんの活動に取り組んできたのかと会員の皆様の力の大きさや強さを感じました。

映像は、10分以内ということでしたが、これは捨てられないないという思いが強く、結局12分程度になってしまった。思いを伝えるにはあまりにも短い時間でしたがこれもやむをえないと思い涙を呑んでこの作品に至りました。

皆さん、真剣になってご覧いただきうれしく思いました。

 

 上映が終わったころを見計らって、会場の後ろのテーブルの上には、私たちが被災地で「笑顔と元気」を差し上げる「技」を実現した名物の「たい焼き」が入場しそのたい焼きを試食していただきました。

日本茶やコーヒーも準備し気持ちよく過ごしていただけるようにしました。たくさんの方が、たい焼きを「おいしい」「おいしい」と笑顔で言って食べてくださいました。それを見て、やってよかったと思いました。

その他、写真や、訓練に使う資機材の一部をご覧いただき、体験することが出来るように展示していましたが、体験をしてくれるお客様もいらっしゃいました。

 

 会員は全員でお客様の接待にあたらせていただきました。お疲れさまでした。

私たちが願っていた堅苦しくない報告会、楽しい報告会になったと思います。

来場された方々には、ごあいさつ状と記念品+ZSVNのザマリンバッジを差し上げることが出来ました。

 

 次の団体が、会場を使う予定がありましたので、お客様のSLの方の力をお借りして、片づけをすすめました。

そののち、会場を移して「懇親会」を行いました。防災オタクが集まったので「防災・減災」の話が出てくるのかと思いましたが、今日の報告会は素晴らしかったというお褒めの言葉を皆様方からいただくことができ大変うれしく思いました。

ありがとうございます。また、新たな活動が始まります。

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2018年度定期総会が行われました

 ざま災害ボランティアネットワークの第11回の定期総会がサニープレイス多目的室で開催されました。

設立総会を1回として数えましたので丁度10年目の総会となりました。

 

今回は、総会後にざま災害ボランティアネットワークの「活動10周年報告会」が行われることになり、その準備も重なりメンバーは朝から大忙しでしたが、宮本、山岡副代表の指揮で準備が進められました。

 

午前10時に、司会の高橋さんの進行で総会が始まりました。

まず、総会成立要件の確認が行われ、出席者、委任状の件数の合計で正会員の過半数の件数を満たしており有効に成立することが確認され報告されました。

 

代表より挨拶が行われ、2018年度の活動の概要並びに10年間の活動の感想が述べられました。挨拶詳細はここを参照してください。

 

議長選出は、事務局が提案した宮本さん議長に推薦する案を出席者全員が承認し

宮本副代表が議長となって、議長が橋本会員を書記として指名し議事が進められました。

 

今期の総会の議案は、

    1号議案 2018年度活動報告並びに決算案承認の件

    2号議案 2019年度活動計画並びに予算案承認の件

    3号議案 役員任期満了につき選任の件

です。

議長の進行で、代表並びに会計担当、監事より出席者へ報告並びに説明が行われました。議案の概要は、ホームページ右側に開示させていただいております。

 

 2018年度の活動にあたっては、計画に掲げた案件は、達成度には若干の差異がありましたが、ほぼ順調に進行できたこと、特に、ここ数年来、自然災害が多く、被災地への支援作業に取り組んだこと、その中から私たちが学んだことを、それぞれのセミナー、講座、訓練の中で参加者に伝えてきたことが報告されました。

 

 来期2019年度の活動は、3年がかりで担当課と調整を重ねてきた、「学童ホームの防災強化事業」が協働事業の審査会で審査を通過して実施されることになったことが報告されました。

 計画案の中で、災害が多く被災地へ入って活動する会員が限られてしまっていること、その一方、被災地へ入ったことがない会員も増えてきたことから、今期は、できる限り被災地の姿、そこからの教訓を学ぶ場所に実際に入って「災害の遺構から学ぶ」活動を計画していることが提案されました。

 

 その他、会員の方から役員が完全に無報酬で活動されているのは、活動に十分に参加できない会員としては心苦しい思いもある。規約の改定が必要な事項であると思われるが、そろそろ考えてもよいのではないかという提案がありました。

議長から、三役会、運営委員会に諮り今後検討する課題にしたい旨の回答が行われました。

 

 3号議案の来期の役員に就いては、代表、副代表、会計は再任で現在の執行部が引き続き担当すること、監事には、露木監事より新しく高橋亜規子さんが監事に選出する案が承認されました。

この際、代表から新しい運営委員会並びに事務局員については執行部に一任させていただくことを提案し承認されました。 

11時20分 議長は総会議案のすべてが終了したことを述べて総会は終わりました。

 

こうして、新しい期の活動がスタートします。

会員は、13時から行われる当団体の「活動10周年報告会」の準備にかかりました。ご苦労さまでした。

 

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東原小学校防災授業のお手伝いをさせていただきました

      災害用トイレの説明
      災害用トイレの説明

平成30年度座間市立東原小学校(東原2−6−1)からの依頼を受けて3か月間(月1回:2コマ)の授業を続けてきました。

コマ数が限られている小学校をはじめとする学校防災教育はかなり厳しいものですが、大規模災害の発生が近づいていると言われている中で子どもたちに「災害」のことを正しく伝える必要があるということで引き受けをさせていただきました。

事前の学校との打ち合わせで、座学+体験を組み合わせた授業構成を要請されましたので、5年生の体力や経験すべきことをメンバーで検討をして学校へレッスンプランを提出させていただきました。5年生 4クラス 全員で110名という授業ですので、授業の進行管理に細心の注意を払いました。

 

 今回の授業のテーマは、災害時に最も必要な基本要素を学ぶということから、

① 「いのち」をまもる

② 「出す」(排泄のこと)

③ 「飲む」(災害後の後の水を考える)

④ 「食べる」(災害食のこと)

を学ぶこととしました。

 

 第1回目は、11月21日(水)に行いました。

2つのグループに分かれて、①防災倉庫探検隊 ②「出す」を考える(災害用トイレ)について学習をしました。

学校の校庭の隅に設置してある「防災資機材庫」があります。5年生ぐらいになるとこのアルミの箱の中には何が入っているのかな?と関心を持っていると思います。しかし、学校ではこれらの物を教育の材料(教材)としていないようです。残念ながら、この学校の倉庫は、道路に面している関係ですぐそばに寄ってみることができませんでしたが道路の歩道のふちに立って中を観察しました。その後、2つのグループに分かれて、1グループは、資機材庫から運び出した、子どもたちでも扱うことが出来るような資機材を校庭の中庭に並べて実際に触って、動かす体験や、担架を広げて傷病者役の友人を運搬する体験なども行いました。

休憩後、グループは交代して

避難所が開設されたときに設置される「災害時用マンホールトイレ」の組み立てと、その仕組みと座り心地を体験しました。災害の時に一番最初に困るのは「排泄」なのです。これだけはどのようなことをしても我慢はできません。そのようなとき、普段の時には鉄の丸い蓋が5個並んでいるところに、簡易テントが5個、便座が5個セットされて非常用のトイレが準備されます。これは、スフィア基準という国際的な避難所に定められている男子用トイレ1個に対して女性用トイレは3個という基準でセットされています。もう一つは、身体障がい者用のトイレとなります。災害用トイレの使い方についても説明しました。このような体験は、確実に災害に巻き込まれる世代の子供たちに記憶してほしいと思いました。

 

 2回目の授業は、12月6日(木曜日)に行いました。

すでに天気予報では下り坂、雨が降ることが予想されていました。学校と相談して「飲む」:水の確保と運搬の実技は変更して「災害クロスロードゲーム」を行うことにしました。

 

「いのち」を守る➡ 座間市の防災活動のキーワードは「生き残らなければ何も始まらない」ということにあるので「シェイクアウトの安全行動」の確実な実施を学ぶ、発展段階で「緊急地震速報」を信じよう。必ず安全行動をすることこそが「生きる」ことに繋がる。空振りでも「ラッキー」と思うようにするということを伝え、3・11の時の、石巻市での震度6強の録画映像を見てもらいました。座間市を襲う次の地震の最大震度想定はこのような揺れが起きてしまうことを知ってもらいました。

 動画を見ていた子供たちの顔は「驚き」しかありませんでした。5年生は11歳ですので、7年9か月前には4歳児でした。したがって、東日本大震災を招いた座間市での震度5弱の揺れは記憶にないと思います。この揺れが来るのです。

休憩時間中に児童が私のところに来て「本当にあんなに揺れるのですか?」と心配そうな顔をして聞いてきました。「そうだね。君たちは確実にあのような揺れに会つてしまうの。だから、怪我をしないように家の中の安全をしっかりして、揺れから身を守る行動をとらなければならないんだよ」と説明しました。可哀そうな気持ちもしました。しかし、この年代にはきちんと受け止めて欲しいと思いました。

 

その後、8グループに分かれて「災害クロスロード」ゲームをしました。クロスロードとは「十字路」「分かれ道」などといわれます。災害時に起きてしまった事象を読み上げ、その意味を読み取って、イメージしそう思うのであれば「YES」の札を、違うと思ったら「NO」の札を出し、その理由をみんなの前で発表するゲームです。発表されて意見が、自分と異なっても絶対に「非難」しないことが基本ルールなのです。究極の場面には、正解はないのです。時々の判断で」身を処していかなければならないのです。

問題は、比較的易しいものを選びました。

しかし、私たちが勝手に作った問題ではなく阪神淡路震災以降の災害から学んだ記録をまとめた「一日前プロジェクト」という報告書の中から作られた問題で判断をしてもらいました。

ゲームにはなれている子供たちでしたので、要領をつかみさえきちんとすれば興味を示して熱心に考えて解答をだす努力をしていました。「多数決の原則」で勝敗を決めて、勝った人には、おはじき1個を獲得できるルール、グループの中で一人だけ「異なる」解答をした人は「一人勝ち」としておはじきを5個獲得できるルールを採用しました。

多数意見を取った人、少数意見だった人は「なぜその答えになったのか」理由を発表してもらいました。

一人勝ちを取った児童になぜその答えになったのかの理由を聞くと、多少、屁理屈ぽい答えですが、なんとなく納得してしまう答えを導き出すのには驚きました。盛り上がった授業でした。災害をイメージすること、同じ事象を見ても自分とは異なる意見の人もいることを知ってもらうこと、一概に非難することは出来ないということを学んでくれたら良いなと思いました。

 

最終回の1月25日(金曜日)の授業は、長時間の授業でした。

「非常用炊出し袋」を使った災害時の「食」を考え、体験する「食う」を学んだあと、防災ゲーム「ナマズの学校」を行いました。

調理実習室の収容定員は、1クラスで使うスペースですが、ここを何とか2クラスの児童を入れて午前1回、そののちに、防災ゲームを行うという、同じ内容の授業を2回繰り返すことにで取り組みました。

ナマズの学校は、カードゲームですので、スペースも必要になりますが、何とか55名の児童で9グループを作って取り組みました。各グループに1名のファシリテーターが必要になりましたが、スタッフの手配に苦労をしました。SL仲間のつながりで応援者を確保して取り組む目途が付きました。

 

炊出し袋は、当初は全員が炊出しを行うということでしたが、給食時間が真ん中にある関係上100g炊飯でも食べ残しがあると困るということで各グループで1つの炊出し袋を使って炊飯するという方法を取りました。

炊出し袋を使った炊飯については、何故このような方法を取るのか、炊飯にあたって一番大切なことは何なのかということを事前に説明して、2グループごとに体験をしてもらいました。米をメジャーで正確に測る、水は、コメの1.2倍の量であることを学び、空気をしっかりと抜いて、口を輪ゴムでしっかりと縛るという体験をしました。これも、グループによって速度が異なるので進行管理が大変でした。

 

 その後、教室を移動して、防災ゲーム 「ナマズの学校」をしました。このゲームは、事前の準備が大変です。前日、打ち合わせと準備作業を行い備えました。インストラクターはメンバーのHさんにお願いしました。

 

 ゲームの組み立ては、普段生活している空間で、災害に遭遇して児童が「助ける人」として活動することを想定したゲームです。助けるために使える道具を街の中から探してくるという想定で、各人に渡された「道具カード」の中から、一番ふさわしい機材を探し出してカード置き場に出して、その出したカードを評価して得点「なまーず紙幣」をもらえるというものです。

児童はスクリーン上に出された問題とにらめっこで、自分の持ち札の中から適当と思う候補のカードを選び出しカード置き場に出す児童がいる一方、勢いでパット出す児童、なかなか決まらない児童、適当な持ち札のない児童などがいます。品物を考える基準は「すぐに手に入りやすい物」「使いやすい物」にしてあります。

このようにしてゲームを進行しながら、何故それがふさわしいのか ふさわしくないのかについて解説をします。そのようにして、「50なまーず」から「90なまーず」の得点をファシリテーターから受け取ります。だんだん白熱してきますが、残念ながら授業の終わりの時刻は決まっています。4問から5問程度を解いて終わりになります。そして、各自の得点を計算して一番多く得点した児童は起立して、全員から拍手の祝福を受けました。

 

 ゲームの時間を使って、調理室ではご飯が炊きあがるころになります。調理室に戻り、試食をします。この時、学ぶことは災害時には「水が止まってしまう」ということをイメージさせることが大切なのです。手が洗えません。そこでアルコ―ルスプレーで手指の消毒をします。そして、グループごとに分かれてテーブルに着いて、まず最初に、ビニールの袋で食器を被います。よく「サランラップ」でといわれますが、子どもたちには無理です。サランラップの上を手指で触ることはそれだけ食品が汚れてしまいます。私たちは13号のビニール袋を裏返しをしながら食器を被うことを教えました。その上に炊き上がったご飯の袋を切って出して、箸で人数分に手早く分けて試食をしてもらいました。教室のあちらこちらから「あっ 炊けてる」「おいしい」「お釜で焚いたのと変わらない」というような声がありました。この方法を取れば、水がなくてもご飯は炊けるのです。水がなければジュースでもコーラでもできます。食べ終わっても洗う水もありません。食器に掛けた袋を取り外せば洗わなくても次に使うことができるのです。

大切なことは、災害時にはアルファー米という図式から抜け出さなければなりません。普段食べているものが一番なのです。米というものは本当に尊いものです。

この袋は、全国では座間市と船橋市の市役所の売店でしか売っていません。この袋を、米櫃の中へ入れておけば安心できます。そのようなことを解説をして授業を終わりました。

 

 3回の防災授業でした。真ん中の水に関する授業は雨のために体験できませんでして。残念です。また機会があれば体験してもらえると嬉しいです。

小学校5年生が出来ることは、限られているかもしれませんが、ちょっと工夫すれば出来ることはたくさんあるはずです。「防災」という言葉は非常に概念が曖昧です。

だから、先生方はLesson Planも出来ないのです。しかし、生き残り、生き延びるためには何をどうしたら良いのか・・・その時、子どもたちが担うことが出来ることをヒントを示して、工夫することができれば子どもは「助けられる」対象ではなく「助ける」人となって災害を乗り越えることができると思います。

 

 災害を考えるということは、「被害をイメージ」できるかどうかにかかってきます。そのイメージをどのようにして伝えるか・・そして、やって示すことが必要です。防災は教育では伝わらないとも言われています。要は、先生の背中を見て育つ「感化力」だと思います。

私たちの仲間にも防災、減災について熱心に取り組んでいるメンバーがいます。そのお子さんは大人が太刀打ちできないほどの知識と、技を持っています。このような子供たちが増えなければ、災害後のまちを復興させる力がない町になってしまいます。

 

こんな授業を市内全部の学校で取り組んでいただければ、大人も刺激を受けると思います。「地震だ火を消せ」という時代ではなくなりつつあります。そうではなく地震が来たら、「火から離れる」ことが大事なのです。この意味を理解できない「大人」は如何に現世の進歩から遅れている人だと思います。

柔らかな頭の中に、しっかりと知識だけではなく体験授業的な観点から学ばせる必要があるのではないかということを感じました。

 

私たちも、学ぶことが多かったです。わが子の時には、企業戦士として家庭を顧みずに仕事にかこつけて見捨ててきましたが今、その罪を贖う思いで取り組んでいます。

どうか、次に来る災害の中で彼らは、生き残り、私たちを助けてもらいたいとも思っています。

ありがとうございました。(またまた、長文でごめんなさい)

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