ざま災害ボランティアネットワーク活動10周年報告会

 ざま災害ボランティアネットワークの活動10周年報告会を4月27日(土曜日)サニープレイス座間 多目的室を会場にして開催しました。

 

 史上初めての10連休の初日の午後の開催ということでどれほどのお客様にお越しいただけるかと心配しておりましたが

座間市長遠藤三紀夫様、芥川神奈川県会議員、上沢市議会議長、教育長、消防長、座間市社会福祉協議会会長、災害救援ボランティア推進委員会委員長代理のご来賓の方に参していただけました。

 

 その他、活動の中でお世話になっています、市会議員、関連団体の責任者、市長室長、危機管理課長をはじめ、市役所の主要部署の責任者の方々にお越しいただきました。

さらに、私たちの活動でいつも支援をしていただく「公益社団法人SL災害ボランティアネットワーク」の「かながわネットワーク」のSLメンバーも駆けつけてくださいました。

 

 報告会の進行は私どもの高橋会員が担当しました。

 

 司会の指名によって代表の濱田が挨拶をさせていただきました。

代表は、本団体の誕生のいきさつから、10年間の活動を振り返ってそれほどの長さは感じないままに今日に至った。何よりも現座間市長が就任して以降、大きな変化が出てきた。市長は、第4次総合計画に着手したが、その根底に流れていた文脈は、行政と市民との協働で市政を変えてゆこうという意思を感じた。相互提案型協働事業がその一端だと感じ、私たちの防災・減災の思いを、この制度を使って実現できるという喜びを感じたことについて話がありました。

 

 今では座間市の「冬の防災訓練」として位置付けられている「シェイクアウト訓練」が実施されたいきさつについての裏話もありました。

私たちが取り組んできた課題は、災害で「死なないこと」、「けがをしないこと」、「生き残った「いのち」を守り生き抜くことを中心に活動を展開している。特に、学校の防災教育に重点を置き防災・減災は教えるのだはなく「感化」させることに重点を置いて取り組んだ結果、今年度は、素晴らしい教育を展開できた例があったことの報告がありました。

 

 ここ数年、団塊の世代が会社を退職しても「地域活動」に出てこない。しかし、地域に無関心ということは何か事があるときに、様々な問題が起きてくることが想定されることが心配であること。代表としての使命は、この団体が唯一団体として活動が継続できる仕組みを構築し、後継者に渡すことがであることについて話して、これからの支援をお願いする旨の挨拶がありました。

 

 司会は、来賓の挨拶をお願いし、遠藤市長が「ざま災害ボランティアネットワーク」が、市民はもとより、行政職員にも影響を及ぼしたことについてお話をされました。自治体の防災行政は取り組みだせばきりがない。その中にあって、「いのち」を守る行動訓練が実現し、さらにプラス1という行動訓練によって、各持ち場がテーマを持って対応について取り組むようになったことは、素晴らしい効果をもたらせてくれた。いつ来るかわからない災害だが、行き着くところは「自助の強化」だと考える。その点に焦点を絞った活動は、いざという時に役に立つと思う。市内には様々な状況があるが、住民の方がまとまって防災活動に取り組むという、意識啓発をここまで進化させてくれたことについて感謝の言葉をいただきました。

 

 続いて、芥川 薫議員は市議から県議へ出て議会での活動の中心は、防災と警察の行政について取り組む委員会の中で活動をしてきた。これからも、この点に重点を置いた議員活動をしてゆきたい。ざま災害ボランティアネットワークが、市内で活動していることは、市民が常に防災について考える機会を持てることだと思う。これからの活動にも期待をしたいという激励のご挨拶がありました。

 

 市議会議長の上沢 本尚市議は、国が打ち出す防災に関する施策は、県を経て各自治体に降りてくる。実施は自治体の責任となる。自分としては、これらの施策が市の力に合うような調整に努力をしている。ざま災害ボランティアネットワークは、地域の活動の中で、行政が言ったら炎上するようなことを、被災地からの経験や学びから得た例を使って、わかりやすく実情を伝えてくれていることを知っている。このような、緩衝する組織活動は重要なことだと思い活動に敬意を持っている。今後とも、座間市の安全・安心行政が円滑にできるように協力を願いたいというご挨拶があった。

 

その後、来賓の紹介が行われそれぞれの席から挨拶をいただいた。

 

 司会から、ざま災害ボランティアネットワーク10周年実行委員会が制作した映像を上映する旨の紹介があり、担当の山岡会員が作品を映し出した。

現実には10年間、様々な活動を行ってきました。その写真、資料は膨大なものです。それらすべてをご覧いただくのは無理なので、いくつかの柱を立てて構成しました。見ていると往時を思い出すことが多く、こんなにもたくさんの活動に取り組んできたのかと会員の皆様の力の大きさや強さを感じました。

映像は、10分以内ということでしたが、これは捨てられないないという思いが強く、結局12分程度になってしまった。思いを伝えるにはあまりにも短い時間でしたがこれもやむをえないと思い涙を呑んでこの作品に至りました。

皆さん、真剣になってご覧いただきうれしく思いました。

 

 上映が終わったころを見計らって、会場の後ろのテーブルの上には、私たちが被災地で「笑顔と元気」を差し上げる「技」を実現した名物の「たい焼き」が入場しそのたい焼きを試食していただきました。

日本茶やコーヒーも準備し気持ちよく過ごしていただけるようにしました。たくさんの方が、たい焼きを「おいしい」「おいしい」と笑顔で言って食べてくださいました。それを見て、やってよかったと思いました。

その他、写真や、訓練に使う資機材の一部をご覧いただき、体験することが出来るように展示していましたが、体験をしてくれるお客様もいらっしゃいました。

 

 会員は全員でお客様の接待にあたらせていただきました。お疲れさまでした。

私たちが願っていた堅苦しくない報告会、楽しい報告会になったと思います。

来場された方々には、ごあいさつ状と記念品+ZSVNのザマリンバッジを差し上げることが出来ました。

 

 次の団体が、会場を使う予定がありましたので、お客様のSLの方の力をお借りして、片づけをすすめました。

そののち、会場を移して「懇親会」を行いました。防災オタクが集まったので「防災・減災」の話が出てくるのかと思いましたが、今日の報告会は素晴らしかったというお褒めの言葉を皆様方からいただくことができ大変うれしく思いました。

ありがとうございます。また、新たな活動が始まります。

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2018年度定期総会が行われました

 ざま災害ボランティアネットワークの第11回の定期総会がサニープレイス多目的室で開催されました。

設立総会を1回として数えましたので丁度10年目の総会となりました。

 

今回は、総会後にざま災害ボランティアネットワークの「活動10周年報告会」が行われることになり、その準備も重なりメンバーは朝から大忙しでしたが、宮本、山岡副代表の指揮で準備が進められました。

 

午前10時に、司会の高橋さんの進行で総会が始まりました。

まず、総会成立要件の確認が行われ、出席者、委任状の件数の合計で正会員の過半数の件数を満たしており有効に成立することが確認され報告されました。

 

代表より挨拶が行われ、2018年度の活動の概要並びに10年間の活動の感想が述べられました。挨拶詳細はここを参照してください。

 

議長選出は、事務局が提案した宮本さん議長に推薦する案を出席者全員が承認し

宮本副代表が議長となって、議長が橋本会員を書記として指名し議事が進められました。

 

今期の総会の議案は、

    1号議案 2018年度活動報告並びに決算案承認の件

    2号議案 2019年度活動計画並びに予算案承認の件

    3号議案 役員任期満了につき選任の件

です。

議長の進行で、代表並びに会計担当、監事より出席者へ報告並びに説明が行われました。議案の概要は、ホームページ右側に開示させていただいております。

 

 2018年度の活動にあたっては、計画に掲げた案件は、達成度には若干の差異がありましたが、ほぼ順調に進行できたこと、特に、ここ数年来、自然災害が多く、被災地への支援作業に取り組んだこと、その中から私たちが学んだことを、それぞれのセミナー、講座、訓練の中で参加者に伝えてきたことが報告されました。

 

 来期2019年度の活動は、3年がかりで担当課と調整を重ねてきた、「学童ホームの防災強化事業」が協働事業の審査会で審査を通過して実施されることになったことが報告されました。

 計画案の中で、災害が多く被災地へ入って活動する会員が限られてしまっていること、その一方、被災地へ入ったことがない会員も増えてきたことから、今期は、できる限り被災地の姿、そこからの教訓を学ぶ場所に実際に入って「災害の遺構から学ぶ」活動を計画していることが提案されました。

 

 その他、会員の方から役員が完全に無報酬で活動されているのは、活動に十分に参加できない会員としては心苦しい思いもある。規約の改定が必要な事項であると思われるが、そろそろ考えてもよいのではないかという提案がありました。

議長から、三役会、運営委員会に諮り今後検討する課題にしたい旨の回答が行われました。

 

 3号議案の来期の役員に就いては、代表、副代表、会計は再任で現在の執行部が引き続き担当すること、監事には、露木監事より新しく高橋亜規子さんが監事に選出する案が承認されました。

この際、代表から新しい運営委員会並びに事務局員については執行部に一任させていただくことを提案し承認されました。 

11時20分 議長は総会議案のすべてが終了したことを述べて総会は終わりました。

 

こうして、新しい期の活動がスタートします。

会員は、13時から行われる当団体の「活動10周年報告会」の準備にかかりました。ご苦労さまでした。

 

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東原小学校防災授業のお手伝いをさせていただきました

      災害用トイレの説明
      災害用トイレの説明

平成30年度座間市立東原小学校(東原2−6−1)からの依頼を受けて3か月間(月1回:2コマ)の授業を続けてきました。

コマ数が限られている小学校をはじめとする学校防災教育はかなり厳しいものですが、大規模災害の発生が近づいていると言われている中で子どもたちに「災害」のことを正しく伝える必要があるということで引き受けをさせていただきました。

事前の学校との打ち合わせで、座学+体験を組み合わせた授業構成を要請されましたので、5年生の体力や経験すべきことをメンバーで検討をして学校へレッスンプランを提出させていただきました。5年生 4クラス 全員で110名という授業ですので、授業の進行管理に細心の注意を払いました。

 

 今回の授業のテーマは、災害時に最も必要な基本要素を学ぶということから、

① 「いのち」をまもる

② 「出す」(排泄のこと)

③ 「飲む」(災害後の後の水を考える)

④ 「食べる」(災害食のこと)

を学ぶこととしました。

 

 第1回目は、11月21日(水)に行いました。

2つのグループに分かれて、①防災倉庫探検隊 ②「出す」を考える(災害用トイレ)について学習をしました。

学校の校庭の隅に設置してある「防災資機材庫」があります。5年生ぐらいになるとこのアルミの箱の中には何が入っているのかな?と関心を持っていると思います。しかし、学校ではこれらの物を教育の材料(教材)としていないようです。残念ながら、この学校の倉庫は、道路に面している関係ですぐそばに寄ってみることができませんでしたが道路の歩道のふちに立って中を観察しました。その後、2つのグループに分かれて、1グループは、資機材庫から運び出した、子どもたちでも扱うことが出来るような資機材を校庭の中庭に並べて実際に触って、動かす体験や、担架を広げて傷病者役の友人を運搬する体験なども行いました。

休憩後、グループは交代して

避難所が開設されたときに設置される「災害時用マンホールトイレ」の組み立てと、その仕組みと座り心地を体験しました。災害の時に一番最初に困るのは「排泄」なのです。これだけはどのようなことをしても我慢はできません。そのようなとき、普段の時には鉄の丸い蓋が5個並んでいるところに、簡易テントが5個、便座が5個セットされて非常用のトイレが準備されます。これは、スフィア基準という国際的な避難所に定められている男子用トイレ1個に対して女性用トイレは3個という基準でセットされています。もう一つは、身体障がい者用のトイレとなります。災害用トイレの使い方についても説明しました。このような体験は、確実に災害に巻き込まれる世代の子供たちに記憶してほしいと思いました。

 

 2回目の授業は、12月6日(木曜日)に行いました。

すでに天気予報では下り坂、雨が降ることが予想されていました。学校と相談して「飲む」:水の確保と運搬の実技は変更して「災害クロスロードゲーム」を行うことにしました。

 

「いのち」を守る➡ 座間市の防災活動のキーワードは「生き残らなければ何も始まらない」ということにあるので「シェイクアウトの安全行動」の確実な実施を学ぶ、発展段階で「緊急地震速報」を信じよう。必ず安全行動をすることこそが「生きる」ことに繋がる。空振りでも「ラッキー」と思うようにするということを伝え、3・11の時の、石巻市での震度6強の録画映像を見てもらいました。座間市を襲う次の地震の最大震度想定はこのような揺れが起きてしまうことを知ってもらいました。

 動画を見ていた子供たちの顔は「驚き」しかありませんでした。5年生は11歳ですので、7年9か月前には4歳児でした。したがって、東日本大震災を招いた座間市での震度5弱の揺れは記憶にないと思います。この揺れが来るのです。

休憩時間中に児童が私のところに来て「本当にあんなに揺れるのですか?」と心配そうな顔をして聞いてきました。「そうだね。君たちは確実にあのような揺れに会つてしまうの。だから、怪我をしないように家の中の安全をしっかりして、揺れから身を守る行動をとらなければならないんだよ」と説明しました。可哀そうな気持ちもしました。しかし、この年代にはきちんと受け止めて欲しいと思いました。

 

その後、8グループに分かれて「災害クロスロード」ゲームをしました。クロスロードとは「十字路」「分かれ道」などといわれます。災害時に起きてしまった事象を読み上げ、その意味を読み取って、イメージしそう思うのであれば「YES」の札を、違うと思ったら「NO」の札を出し、その理由をみんなの前で発表するゲームです。発表されて意見が、自分と異なっても絶対に「非難」しないことが基本ルールなのです。究極の場面には、正解はないのです。時々の判断で」身を処していかなければならないのです。

問題は、比較的易しいものを選びました。

しかし、私たちが勝手に作った問題ではなく阪神淡路震災以降の災害から学んだ記録をまとめた「一日前プロジェクト」という報告書の中から作られた問題で判断をしてもらいました。

ゲームにはなれている子供たちでしたので、要領をつかみさえきちんとすれば興味を示して熱心に考えて解答をだす努力をしていました。「多数決の原則」で勝敗を決めて、勝った人には、おはじき1個を獲得できるルール、グループの中で一人だけ「異なる」解答をした人は「一人勝ち」としておはじきを5個獲得できるルールを採用しました。

多数意見を取った人、少数意見だった人は「なぜその答えになったのか」理由を発表してもらいました。

一人勝ちを取った児童になぜその答えになったのかの理由を聞くと、多少、屁理屈ぽい答えですが、なんとなく納得してしまう答えを導き出すのには驚きました。盛り上がった授業でした。災害をイメージすること、同じ事象を見ても自分とは異なる意見の人もいることを知ってもらうこと、一概に非難することは出来ないということを学んでくれたら良いなと思いました。

 

最終回の1月25日(金曜日)の授業は、長時間の授業でした。

「非常用炊出し袋」を使った災害時の「食」を考え、体験する「食う」を学んだあと、防災ゲーム「ナマズの学校」を行いました。

調理実習室の収容定員は、1クラスで使うスペースですが、ここを何とか2クラスの児童を入れて午前1回、そののちに、防災ゲームを行うという、同じ内容の授業を2回繰り返すことにで取り組みました。

ナマズの学校は、カードゲームですので、スペースも必要になりますが、何とか55名の児童で9グループを作って取り組みました。各グループに1名のファシリテーターが必要になりましたが、スタッフの手配に苦労をしました。SL仲間のつながりで応援者を確保して取り組む目途が付きました。

 

炊出し袋は、当初は全員が炊出しを行うということでしたが、給食時間が真ん中にある関係上100g炊飯でも食べ残しがあると困るということで各グループで1つの炊出し袋を使って炊飯するという方法を取りました。

炊出し袋を使った炊飯については、何故このような方法を取るのか、炊飯にあたって一番大切なことは何なのかということを事前に説明して、2グループごとに体験をしてもらいました。米をメジャーで正確に測る、水は、コメの1.2倍の量であることを学び、空気をしっかりと抜いて、口を輪ゴムでしっかりと縛るという体験をしました。これも、グループによって速度が異なるので進行管理が大変でした。

 

 その後、教室を移動して、防災ゲーム 「ナマズの学校」をしました。このゲームは、事前の準備が大変です。前日、打ち合わせと準備作業を行い備えました。インストラクターはメンバーのHさんにお願いしました。

 

 ゲームの組み立ては、普段生活している空間で、災害に遭遇して児童が「助ける人」として活動することを想定したゲームです。助けるために使える道具を街の中から探してくるという想定で、各人に渡された「道具カード」の中から、一番ふさわしい機材を探し出してカード置き場に出して、その出したカードを評価して得点「なまーず紙幣」をもらえるというものです。

児童はスクリーン上に出された問題とにらめっこで、自分の持ち札の中から適当と思う候補のカードを選び出しカード置き場に出す児童がいる一方、勢いでパット出す児童、なかなか決まらない児童、適当な持ち札のない児童などがいます。品物を考える基準は「すぐに手に入りやすい物」「使いやすい物」にしてあります。

このようにしてゲームを進行しながら、何故それがふさわしいのか ふさわしくないのかについて解説をします。そのようにして、「50なまーず」から「90なまーず」の得点をファシリテーターから受け取ります。だんだん白熱してきますが、残念ながら授業の終わりの時刻は決まっています。4問から5問程度を解いて終わりになります。そして、各自の得点を計算して一番多く得点した児童は起立して、全員から拍手の祝福を受けました。

 

 ゲームの時間を使って、調理室ではご飯が炊きあがるころになります。調理室に戻り、試食をします。この時、学ぶことは災害時には「水が止まってしまう」ということをイメージさせることが大切なのです。手が洗えません。そこでアルコ―ルスプレーで手指の消毒をします。そして、グループごとに分かれてテーブルに着いて、まず最初に、ビニールの袋で食器を被います。よく「サランラップ」でといわれますが、子どもたちには無理です。サランラップの上を手指で触ることはそれだけ食品が汚れてしまいます。私たちは13号のビニール袋を裏返しをしながら食器を被うことを教えました。その上に炊き上がったご飯の袋を切って出して、箸で人数分に手早く分けて試食をしてもらいました。教室のあちらこちらから「あっ 炊けてる」「おいしい」「お釜で焚いたのと変わらない」というような声がありました。この方法を取れば、水がなくてもご飯は炊けるのです。水がなければジュースでもコーラでもできます。食べ終わっても洗う水もありません。食器に掛けた袋を取り外せば洗わなくても次に使うことができるのです。

大切なことは、災害時にはアルファー米という図式から抜け出さなければなりません。普段食べているものが一番なのです。米というものは本当に尊いものです。

この袋は、全国では座間市と船橋市の市役所の売店でしか売っていません。この袋を、米櫃の中へ入れておけば安心できます。そのようなことを解説をして授業を終わりました。

 

 3回の防災授業でした。真ん中の水に関する授業は雨のために体験できませんでして。残念です。また機会があれば体験してもらえると嬉しいです。

小学校5年生が出来ることは、限られているかもしれませんが、ちょっと工夫すれば出来ることはたくさんあるはずです。「防災」という言葉は非常に概念が曖昧です。

だから、先生方はLesson Planも出来ないのです。しかし、生き残り、生き延びるためには何をどうしたら良いのか・・・その時、子どもたちが担うことが出来ることをヒントを示して、工夫することができれば子どもは「助けられる」対象ではなく「助ける」人となって災害を乗り越えることができると思います。

 

 災害を考えるということは、「被害をイメージ」できるかどうかにかかってきます。そのイメージをどのようにして伝えるか・・そして、やって示すことが必要です。防災は教育では伝わらないとも言われています。要は、先生の背中を見て育つ「感化力」だと思います。

私たちの仲間にも防災、減災について熱心に取り組んでいるメンバーがいます。そのお子さんは大人が太刀打ちできないほどの知識と、技を持っています。このような子供たちが増えなければ、災害後のまちを復興させる力がない町になってしまいます。

 

こんな授業を市内全部の学校で取り組んでいただければ、大人も刺激を受けると思います。「地震だ火を消せ」という時代ではなくなりつつあります。そうではなく地震が来たら、「火から離れる」ことが大事なのです。この意味を理解できない「大人」は如何に現世の進歩から遅れている人だと思います。

柔らかな頭の中に、しっかりと知識だけではなく体験授業的な観点から学ばせる必要があるのではないかということを感じました。

 

私たちも、学ぶことが多かったです。わが子の時には、企業戦士として家庭を顧みずに仕事にかこつけて見捨ててきましたが今、その罪を贖う思いで取り組んでいます。

どうか、次に来る災害の中で彼らは、生き残り、私たちを助けてもらいたいとも思っています。

ありがとうございました。(またまた、長文でごめんなさい)

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2018年度健康文化都市大学講座を行いました

     発災後の3:3:3 ワークショップ風景
     発災後の3:3:3 ワークショップ風景

 2018年度 健康文化都市大学 防災講座を今年度も担当させていただきました。今年で何回になるのか・・この講座も本当に長く続いています。

 毎年春、座間市が市民を対象に受講者を募集して運営委員会が毎月テーマを変えながら取り組んでいるようです。

毎年、11月はざま災害ボランティアネットワークによる「防災講座」ということでセットしてくれています。

それにこたえて出来るだけ新しい話材を中心に講座を進めていますが、基本はぶれないようにしています。

 

 それは、座間市の防災対策のキーワードである「生き残らなければ何も始まらない」ということを伝え続け、万一、座間市で大規模な災害が起きたとしても、「まさか私が被災者になるなんて・・・考えてみたことはなかった」とインタビューに答える市民が出ないことを目指しています。

 

 災害国日本といっても良いほどに大規模な災害が続いています。今年も大阪で地震が起きました。さーて大変じゃと大阪府や政府が驚いて対策に動き始めたと思ったら、台風21号による「西日本豪雨水害」が起きて、四国(愛媛県・高知県、香川県)、中国地方の広島県そして災害が少ないと「晴れの国」といっていた岡山県でも大水害が起きて特に、倉敷市真備町、船穂町、総社市、高梁市などでも水害による被害が拡大して対策が取られていました。

 

 そして、一段落した時に、今度は北海道胆振東部(安平、早来、厚真町)で震度7から札幌市でも震度6クラスの揺れを記録する地震が大規模な土砂崩れ、液状化による被害が出てしまいました。この地震災害前に起きてしまった災害などどこかに飛んでしまうような状況です。そのいずれの場所でもTVなどの取材に答える住民の口から出る言葉は「まさか・・・」なのです。

 

 災害の都度、その状況はTVやネット、新聞を通じて報道されます。しかし、多くの国民は災害は「TVの中の出来事」としか捉えなくなったように感じます。「災害をわがこと」として思う気持ちが薄れてしまっているように感じてしまうのです。

かなり高い確率で、近々首都を襲うといわれている「都心南部直下地震」やさらに大規模な「南海トラフ巨大地震」のことが報道されていますが、その被害想定地域の住民の方々は訓練などに動員されていますが・・・「だけど、自分は大丈夫」と思うことでその危機感を和らげようとしてしまっているように思うのです。「見ないふり」ですね。「臭いものには蓋」ということです。

 

 私たちは、いつ、何があっても「怪我」をしない、「死なない」ことを目指して全市をあげて地道な行動訓練を積み重ねてきています。時には「そんなことをしたところで来るものは来るのだから・・・」という方もいることは事実です。しかし、地道な行動訓練しか、私たちが「怪我人を少なくし、死者を少なく」する方法はないと思っています。

その思いを伝えるために、この講座を使わさせていただいています。

 

 災害を想定して、ワークショップを通じて、参加者自身が地震想定の中で、自分が何を、どうするのかということを書き出してもらって、それを、時間軸に沿って並べてもらい災害のイメージトレーニングをしてもらいます。この作業を通じて、さまざまな思いを持っていても、現実には自分がでることが決して多くないことを知ってその中から「重要性」と「緊急性」を感じてその時々の状況に合わせた行動が取れれば成功だと考えています。

出来れば講座や訓練を通じて得た「今日の学び」を自宅に戻って「行動化」していただければと思いますが、私の経験で言えば、行動化される方は1%の人ぐらいだと思っています。でも、それでも「ゼロ」でないことを考えれば上出来だと思うのです。

 

 最近は、このような災害の危機感から、各地で防災フェスタ、子ども防災、女性防災などのセミナーや講演が盛んになってきています。残念ながらその多くは、参加した人が「全員生きていることを前提に」話が進んでゆくのです。私たちはその手法に違和感を感じているのです。先ずは「死なない行動」を取ったのちに、次の行動に移ることを伝えてゆかなければならないと思い続けてきています。

 

 何よりも災害直後の「自助行動」は極端に言えば70%のウエイトを持っていると思うのです。行政は「自助」➡「共助」といいます。しかし、それは地域の実態をわかっていないのです。自治会や町内会への加入率が80%を超えていた時代ならばいざ知らず、すでに多くの自治体では50%を切ってしまっているところが多い中で「共助」などそんなに簡単に出来ないのです。

 

 私たちは「隣助」のつながりを大切に‥つまり「向こう三軒両隣」での助け合いこそが初動の対応の基本だと思っています。山村武彦先生は「近助」という言葉でお話をされています。まさしくその通りなのです。

 

 何よりも、地震をはじめ災害が来る前の平時の生活空間の安全を作り出すことです。

講演で私は必ず「TVを固定している方はどれほどいますか?」と問います。たいてい「5%」程度です。厳密にいえば「ワイヤーで固定」することが本来の安全環境のあるべき姿だと思いますが、1%程度の方です。実は、その方の多くは、以前私たちの講座や訓練に参加してくれて「行動」に移してくださった方がほとんどです。

 

 「共助」が機能を始めるのは、おそらく24時間ぐらいたってからだと思います。私はいつも、参加された方が全員自治会としても、それと同じ人数の未加入者がいることを忘れてはいけませんよということをお話させていただいています。

自治会にされている方は、一応一つの組織体として行動しますので統制が取れています。

しかし、未加入者には情報の伝達が遅れると思います。情報が入らない不安から「烏合の衆」として避難所というところへ行ってみようと行動を取ることは・・・各地の被災地でも見てきました。統制が取れている集団と、未統制の集団がぶつかればそこには混乱が起きることは必須です。

 

 そのようなことを考えなければ被災後を乗り切ることは出来ないのです。ただ、むやみに避難所へ向かわないことです。避難所は「入るための条件」があるのです。このことをしっかり理解してほしいということをお願いしました。何よりも、避難所なんかに頼らない「被災後の生活」を含めて備えてください。

 

 座間市は、2018年度、7回目の「座間市いっせい防災行動訓練(Shakeout訓練)」を2019年1月23日 午前11時を期して行います。ぜひ、皆さんで参加して、「生き残り、生き延びるため」のことを忘れずに行動を出来るようにしてください。

座間市は、居住区域によってリスクの内容が異なります。火災が起きると大変な地域がある一方、液状化による被害が予想されるところもあります。また、川に土砂が入り込めば内水氾濫が起きることが予想される地域もあります。これらのリスクを自分のそして地域のリスクとして共有して対応できるようにしてください。

講座に参加してくださった方々どうか「行動」に移してくださいね。

ご苦労様でした。

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2018年度座間市総合防災訓練に参加しました

 2018年度の座間市総合防災訓練がひばりが丘小学校で開催されました。

今年は、1923年9月1日の関東大震災から95年が過ぎた日です。座間市もずっと8月に開催していましたが今年は9月1日の震災記念日の開催となりました。

新庁舎が出来上がって半年が経過して、消防隊員の皆様も新しい庁舎になじんで勤務が行われているようです。

 

 今年も、想定は9月1日午前8時、都心南部直下地震M7.3 座間市における最大震度は6強ということでスタートしました。8時の全市に響き渡ったサイレンで「シェイクアウト安全行動」が行われました。

 一方、災害救援ボランティアセンターの訓練会場のサニープレイスでは、地震発災3日後の朝8時30分に参集し点呼を取った後、「災害救援ボランティアセンターの開設」が指示されたということで開設・運営訓練が始まりました。

 

 職員+災害ボランティアのメンバーが協力して災害救援ボランティアセンターのレイアウトつくりに取り掛かりました。今年度から新しいマニュアルによって運営されることにな

り、やや戸惑う人たちや、災害ボランティアへ新しく加入した人はベテラン会員の指導の下に一つ一つの作業の意味などの説明を受けながら進められました。

今年は、設営は、ざま災害ボランティアネットワークが主力となって活動し、社協職員は、広報活動やニーズ調査(助けて情報の収集)の活動を主として行うことになりました。

 

 約1時間後、レイアウトも出来上がりそれぞれの場所に付き最後の点検が行われ、ボランティアの受入れが始まりました。

今年から、受付に進む前に「総合案内」の担当者を配置して、受付のテーブルに進む前にお越しになったボランティアの方々の質問や保険加入状況の確認、活動にふさわしい装備をしているかなどの確認をして受付作業が進んでさて、待機室に入ったら「その格好では・・・ちょっと」というようなことがないように工夫をしました。

 

 災害救援の活動ボランティアは気持ちが熱い人が多いのです。いてもたっても何かしなければという思いだけで動かれる方が見受けられます。しかし、ボランティア活動で一番大切なことは、「無事について、無事に作業をして、無事に自宅へ戻る」ということなのです。

座間市の災害救援ボランティアセンターはこのことを一番大事にして開設・運営に取り組むことにしています。

 

 準備が終わり、センター長の指示で活動ボランティアの受付けが始まりました。

活動ボランティア役には、ボラ連やそのほか個人参加、地域防災推進員の方も参加してくれました。ニーズ班では、被災者の方々からの助けて情報(ニーズ)の整理が済んで「助けて情報」がボードに表示されました。

活動ボランティアさんたちは、各人が持っている付箋を「求人票」に貼ることになります。その時、単に近いからとか、楽そうだからという判断ではなく、自分の持っているスキルが行かされるか、体力的に無理はないか、本当に役に立てると(自分自身が)思うかというような判断で選んでいただけるとボランティア活動も楽しくなるのです。

 

 やがて定員の付箋が貼り付けられるとマッチングの係の人から名前が呼ばれます。ボランティア活動はチームで活動します。仲間同士で固まれる場合もありますが、他から来られた方と一緒になることもあります。マッチング係の仕事は、単に仕事場へ送り込む「口入屋」のようなことではなく、チームの編成をしてメンバーを観察して、作業内容にふさわしくない人がいれば仕事の内容を詳しく伝えて他の仕事へ振り替えることもしなければなりません。

 

 このようにして、短い時間ですがチーム作りをしたのちに作業説明、リーダーの選出をします。土地勘があればよいのですが座間市のことを知らない方の場合には、大地図で現在位置と作業場所との関係を示して、付近の地図との関係を説明します。そして、確認がとれましたら出発することになります。その際、必要な機材などは機材係から貸し出しを受けることになります。

 

 このようにして、「助けて情報」と「助けたい人」を結び付けることになります。この際、活動者の腕には、災害救援ボランティアセンター発行の活動証明票が貼られています。被災地には、様々な人が入ってきます。救出作業のレスキューの人たち、道路の啓開にあたる自衛隊員、警備に当たる警察官などは服装で判別できますが地元の人と、他の地域から入ってくる人との区分は困難です。そこで外部から作業に入っているボランティアにはこのような識別が必要になるわけです。

 

 一方、ひばりが丘小学校の校庭では、消防、救急をはじめ自衛隊、警察車両、DMAT、救助犬、応急救護所やそれぞれ災害時に、座間市をサポートする関係者のテントや展示が行われています。

今年は、消防本部が新しい体験機材を導入しました。それは、従来の水消火器操作訓練は標的を回せばOKというものでした。しかし、これでは本物の炎の熱さは体感できませんのでどうしても操作に真剣になれない傾向がありました。

今年度は、実際の炎を体験できる中で、消火器の正しい操作の指導がコーナーで長い列を作って体験していたのが印象的でした。

もう一つ座間の訓練の名物は、災害傷病者役のメイクをするコーナーです。アメリカ陸軍の担当兵が本格的な機材を使って重傷者、中傷者、軽傷者、部位別にメイクをするのです。かなりリアルなコーナーでした。

 

 プログラムも進み、市長以下市の幹部職員による、各コーナーの巡視が行われました。市長から、本格的な災害救援ボランティアセンターの取り組みについてお礼をいただくことができました。その後、JCOMの取材が入りYVでの撮影がありました。近日中に流れるのだと思います。そうしているうちに、自衛隊の野戦用の炊事用の機材で名物の「第4施設群のカレー」が出来上がり給食がなじまリました。

訓練会場は、最高潮を迎え、今年新設された消防のドローン部隊も展示飛行をしていました。ここで、私は、時間切れでトランシーバーから「災害救援ボランティアセンターへ戻れ」という連絡が入り訓練会場を後にしました。

 

 災害救援ボランティアセンター訓練会場では、送り出したボランティア活動者の帰着後のケアー作業が行われていました。災害の現場では様々なものや人を目にしてしまいます。

活動者によってはその一つ一つの情景が胸に突き刺さるように感じる人も多いはずです。

その現実を出来るだけフォローやケアーすることによって薄める必要があります。この作業は、目に見える切創や擦過傷などとは違って、見えないことゆえに気が付かないままに帰路につき「もやもや感」を持って帰宅することは出来るだけ少なくして、今日の皆さんの活躍によって多くの被災者が立ち直る、元気な気持ちになりましたよ…ということで感謝の気持ちを示すのも災害救援ボランティアセンターの役割です。

 

 最後に、気づいたことを付箋に3枚づつ書き出していただき今日の訓練を終えました。

本当にご苦労様でした。また、次は3月に訓練が予定されています。その時にもぜひ参加してください。

 

 座間市のような小さな自治体の心配事は、活動ボランティアさんがあつまることができるかということいです。交通の要点になっている海老名市、大和市、町田市などは比較的ボランティアは集まりやすいと思われますが、座間市などはボランティアの確保についても日常の活動に中からネットワークを広げておく必要性もあると思います。

ざま災害ボランティアネットワークは座間市と連携して災害救援ボランティアの養成にもとりくんでいます。ぜひ、わが町を守るボランティアとして受講してみてください。

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